今、北条義時が話題になっていますね。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主人公、俳優の小栗旬さんが演じられています。
彼は、鎌倉幕府2代執権で、初代の得宗家(北条氏の嫡流)です。
普通は、
嫡男=正室が産んだ一番目の男子
を指しますが、義時は、正室が産んだ二番目の男子です。
それならどうして、義時が嫡男になるのでしょう。
義時には、母が同じで、正室が産んだ兄の宗時(むねとき)がいます。
しかし、宗時は、源頼朝が平氏打倒を掲げて、東国の武士を従え挙兵して戦った
「富士川の戦い」で戦死してしまいます。
本来、北条家の嫡男はこの宗時ですが、戦死したため、
嫡男は正室が産んだ二番目の男子、つまり義時になりました。
義時は、幼名を徳宗(とくそう)と言いました。
これが由来で、代々、北条家の本家を継ぐ義時の嫡男の家を
得宗家(とくそうけ)と名付けたのです。
やがて、9代執権で得宗家の北条貞時(さだとき)の時代から、
それまでの執権政治から得宗専制政治と移り変わっていくのです。