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家庭教師のマナベスト 愛知県 スタッフブログ

【歴史】
大仏ができるまで

2025/02/23

奈良の大仏を歴史の教科書や資料で見たり、実際に見に行ったりした人は多いのではないでしょうか。

こちらの奈良の大仏で知られる「盧舎那仏」は、高さ約15m、顔の幅は約3.2m、手の大きさは2.5mある、大変大きな仏像です。

インターネットで「奈良の大仏」と調べると、その作られ方がでてきます。

図で分かりやすく説明されているものもあるので、そちらの方がイメージしやすいかもしれませんが、作られた工程を言葉で表すと、

①木組みを組んで粘土で原型をつくります。
②原型の外側に粘土で「かた」をとります。
③乾かし、外側の粘土をはずして原型の表面を削ります。
④もう一度、外の「かた」を取りつけます。
⑤盛り土で足場をつくり、外の「かた」と原型の間に溶かした青銅を流し込みます。何度かに分けて青銅を流し込み、上部まで青銅で固めます。


このような手順で、大仏は作られました。
使用された青銅は、台座の部分を除いても250トン以上だと言われています。


聖武天皇が大仏作ろうと呼び掛け、745年から工事をはじめ、749年には大仏のおもだった部分は無事に完成しました。

当時の技術で、このような大きな仏像を作れたのは、大変な熱意があったことが想像できます。

そして、752年4月9日、ようやく完成した大仏の前に、1万数千人もの人々が参加して、開眼供養の日を迎えたと言い伝えられています。

開眼供養とは、仏像に目を書き込んで、魂を迎え入れる儀式のことです。

当時の人々にとって、この仏像の完成は大変喜ばしいニュースだったに違いありません。


現在でも立派にそびえ立つ奈良の大仏ですが、完成するまでの当時の人々の大変な苦労と、完成した時の喜びなどを考えると、歴史を感じて感慨深いものがありますね。