710年、奈良に平城京がつくられました。
「なんと立派な平城京」は有名な年代の語呂合わせですね。
この平城京は、唐(当時の中国)の都、長安にならってつくられた都です。
飛鳥から平城京に都が移されてから、およそ80年余りを奈良時代といいます。
平城京は広い道路で碁盤目(ごばんめ)のように区分されていました。
その北部分には、平城宮という天皇の住まいや、役所のような建物が立てられました。
平城京の玄関にあたる羅城門(らじょうもん)から平城京まで、朱雀大路(すざくおおじ)という広い直線道路がつくられ、その周りに皇族や貴族のやしき、寺院などが並びました。
都と地方を結ぶ道路が整えられ、役人が行き来しやすいように、一定の間隔で駅がもうけられました。
それぞれの駅では馬が飼われており、役人はその馬を乗りついで移動していました。
聖武天皇は、仏教の力で国の安全をはかろうと考えました。
そのため、国ごとに国分寺と国分尼寺を建てて仏教を広めました。
また、都には東大寺を建てて、大仏をつくらせました。
奈良時代は天平文化が栄えました。
聖武天皇のころ、都を中心に、仏教と唐の影響を受けた、国際色豊かな文化です。
聖武天皇の遺品を保存した正倉院(東大寺)の宝物には、唐だけではなく、インドや西アジアの文化の影響を受けたと見られるものもあります。
また、奈良時代には「古事記」「日本書紀」といった、天皇が国を治めるいわれをまとめた歴史書がつくられました。
「風土記」という、地方の国ごとに、地理や自然、産物、伝説をまとめた書物もつくられました。
「万葉集」という、約4500首の作品を収めた和歌集もつくられました。
奈良時代は、平城京がつくられ、仏教や唐の影響を大いに受けた時代だったことがわかります。