私たちが学校の理科で習う「原子」や「電子」、そして光の最小単位である「光子」。
これら、これ以上分割できないミクロの物質やエネルギーの最小単位を、物理学ではまとめて「量子」と呼びます。
この量子の世界を解き明かす「量子力学」は、私たちが日常で経験する物理法則とは全く異なる、驚くべき事実を明らかにしました。
日常の感覚では、野球のボールは投げられた軌道のどこか「1箇所」に必ず存在します。
しかし、ミクロの粒子である量子は違います。
誰も観測(測定)していないとき、量子はどこか1箇所に存在するのではなく、複数の場所に同時に存在する「確率の波」として広がっています。
この性質を証明したのが、有名な「二重スリット実験」です。
2つのすき間に向けて電子を1個ずつ発射するとき、観測せずに放置すると、電子は両方のすき間を「同時に」通り抜けたような足跡(干渉模様)を残します。
ところが、「電子がどちらのすき間を通ったか」を検出器で観測した瞬間、広がりを持っていた波は一収縮し、
「どちらか片方を通った1個の粒子」として状態が確定してしまうのです。
「見ていないときは波で、見ると粒子になる」と聞くと、まるで電子が人間の視線を認識しているかのように思えるかもしれません。
しかし、その理由はシンプルかつ物理的なものです。
ミクロの極小世界において「観測する」という行為は、対象に光(光子)などの粒子を衝突させて信号を得ることを意味します。
つまり、測定行為そのものが対象に強い物理的干渉を与えるため、繊細な「波の状態」が破壊され、1つの「粒子」へと収縮してしまうのです。
「観測するまで状態が決まらない」というこの考え方(コペンハーゲン解釈)に対し、相対性理論で知られるアインシュタインは強く反発しました。
彼は「誰も見上げていないからといって、月が存在しないとでもいうのか」という言葉を残し、
物理世界は人間の観測とは無関係に一義的に決定しているはずだ(客観的実在性)と主張し続けました。
アインシュタインは生涯をかけてこの曖昧さを批判し、量子力学の不完全さを証明しようと議論を挑みましたが、
その後の幾多の精密実験によって、現実のミクロ世界は量子力学が示す通りのルールで動いていることが裏付けられました。
「見ることによって状態が定まる」という量子力学の基本原理は、一見すると哲学的・SF的な概念に思えるかもしれません。
しかし今日、この原理はスマートフォンの半導体素子やレーザー技術、
そして次世代の超高速計算技術である「量子コンピューター」の基盤として、私たちの社会を支えています。
私たちが「確固たる現実」だと信じているものの根底には、観測されるのを待つ「可能性の波」が広がっているのです。