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家庭教師のマナベスト 東京都 スタッフブログ

琉球王国から
沖縄県への移り変わり

2026/04/09

江戸時代に、琉球(現在の沖縄県)は幕府や薩摩藩から支配を受けていました。
また、清(中国)から国王が任命され、独立した国家と認められていました。

明治時代になり、明治政府は琉球を日本の領域に組み入れようとし、1872(明治5)年に琉球藩を設置しました。
これに対して、琉球の士族たちは引き続き清との関係を維持し、国王の存続を求めました。
存続のために清に協力を求めた人もいました。
琉球の人々は、そのままの国家を維持しようとする人と、日本の領土の一部となることを受け入れる人と、意見が分かれていきました。

しかし、1874年、清の領域であった台湾で琉球の漂流民が殺害された事件などがあり、それを理由に、明治政府は出兵して清に琉球からの漂流民を日本の領民と認めさせ、賠償金を支払ってもらうことになりました。
こうして、琉球は日本の領土であるという政府の主張が強まっていきます。

さらに、1879年には、軍隊や警察の力によって、琉球藩を廃止し、沖縄県を設置しました。
琉球最後の国王である尚泰を首里城から退去させ、日本軍の駐屯地(ちゅうとんち)にしました。

1985年には、尖閣諸島(せんかくしょとう)も沖縄県に編入しました。
こうして、今の沖縄県ができました。

明治政府はしばらくの間、琉球王国時代の制度を維持し、米や砂糖を年貢として納めさせました。
そのため、農民は税制に苦しみ、税制の改正や、政治に参加する権利を求める運動が起こりました。

政府は1896年に徴兵制、1903年に地租改正を実施し、日本本土と沖縄県を同様の制度にしていきました。
そうして、次第に日本の領土として、沖縄県の人々も受け入れていくことになりました。

このように、沖縄県には、琉球王国から沖縄県に変わっていった歴史があります。

ぜひ、知っておきたいですね。