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家庭教師のマナベスト 京都府 スタッフブログ

【歴史】
日本の産業革命

2025/11/06

明治時代に、日本の産業革命は、欧米諸国を手本として政府が主導する形で推進されました。

まずは、繊維工業などの軽工業、その次に鉄鋼業などの重工業を発展させるという、二段階を経て進めました。

軽工業の分野では、綿をつむいで綿糸をつくる綿糸紡績業と、繭から生糸をつくる製糸業が発展しました。

江戸時代から続く、「家内工業」や「工場制手工業」のほかに、輸入機械を使い、大工場で大量生産が行われるようになり、日本の工業化の中心となりました。

綿糸紡績業では、1870年代から官営の紡績工場が設立されました。民間でも大阪紡績会社など、大規模な紡績工場が作られ、欧米製の機械を使い生産力を上げていきました。

1890年代には、国内の生産量が輸入量を上回り、日清戦争後には清や朝鮮にも輸出されるようになりました。
こうして、日本の綿糸紡績業は急発展していきました。

製糸業では、富岡製糸場などを中心に生産が進み、1890年代半ばには機械による生産高が、手工業による生産高を上回り、日露戦争後には、日本は世界最大の製糸輸出国となりました。

次いで、重工業の分野では、日清戦争で得た賠償金を使って作られた、官営の八幡製鉄所が中心となりました。

八幡製鉄所では、中国から輸入した鉄鉱石や、日本の石炭を使って1901年から鉄鋼の生産も始めました。

鉄鋼などの生産ができるようになり、政府が軍需産業に力を入れ、重工業がさらに発達すると、機関車や戦艦なども日本国内で生産できるようになっていきました。

これらに伴い、鉄道がこれまでよりも更に発展し、1901年には青森県から山口県の下関市までの鉄道がつながりました。

このようにして、日本の産業革命は起こりました。この時の産業の発展が、今日の日本を支えているのですね。