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家庭教師のマナベスト 京都府 スタッフブログ

【歴史】
島原の乱の背景

2022/02/02

1635年、参勤交代を制度化した武家諸法度寛永令のあと

わずか2年後の1637年、3代将軍徳川家光の時、

有名な「島原天草一揆」

リーダーは、「天草四郎時貞」
(益田四郎時貞)

※どちらでもOKです。これは、江戸時代の認定されている古文書に、この二つの名前の記載があり、おそらく、もともと二つの名を名乗り、使い分けていたと考えられています。

「島原の乱」と書かれた教科書もあります。

この乱が起きた背景を説明しなさい。

という問題がよく出ます。

この乱は、キリスト教の弾圧によるものではありません。

解答は、

島原と天草を治める二人の領主が、キリスト教徒を含んだ農民に過酷な年貢を取り立ていたため、生活に苦しくなり、一揆が起きた。

です。

この地域に暮らす農民の中に、たまたまキリスト教徒がいた、

という状況です。

キリスト教禁止令はすでに出ていますから、全国で絵踏みなどの取り締まりは行われていました。


原因は、キリスト教ではなく、過酷な年貢の取り立てです。